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CLAPD―長い夜と短い時間
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学校が終わってから先ほどまでいた美咲を家へと送り届けて、1人きりになった部屋に帰ってきた。


ソファーにゴロンと横になったが、その場所からはすでに彼女のぬくもりは消えていて、残っていたのは自分の中にある彼女の残像と抱きしめていた感覚、唇のやわらかさだけだった…。

どれも大切なものなのに不確かで少しずつ溢れていく…。

はぁ、とひとつため息をついて体の向きを変えた。
何事にも無気力で関心がない自分だが、美咲だけは違った。
いつも側にいたいと思うし本当に彼女に恋をしている。
だからこそ彼女と2人でいるとそれだけで満たされて、時間が経つのもあっという間。
だが、帰した後で1人になると驚くほどに時間の進みが遅くなる。



「暇だな…」

そうして、目を伏せて先ほどまでの彼女を思い出しているうちに眠ってしまったようだ。


ふっと目を覚まし、携帯で時間を見ると時計は8時半を指している。

もう美咲は食事を済ませた頃だろうか?と思い、大して食べたくもない食事をとるために仕方なく立ち上がった。


…が、その時携帯のメールが鳴り響いた。

文面は彼女らしく簡潔だったが、それでも嬉しかった…。

ピッと履歴を開いて彼女の番号に通話する。

『…お前な…』
呆れたような声ですぐさま携帯から彼女の声が溢れた。

「『時間ある』から電話したよ」

『そうかよ。…お前何笑ってんだ?』

気づかなかった、でも嬉しかった。
美咲の声が聞こえるだけでずいぶんと時間が経つ感覚が変わる…。


「何でもないよ。もうご飯すんだの?」

『あぁ、今部屋に戻ったところだよ。お前、ちゃんと夕飯食べただろうな?』

「ううん、まだ。寝ちゃってた」

『おい、順番逆だろ!?ちゃんとメシ食え!』

その怒った声が聞こえるだけでも嬉しいのだからもうどうしようもない…。

「うん、後で食べるよ。でももう少しだけ付き合って?」

『ったく、お前は自分のことにもう少し気を使えよな!?』

「…その言葉、そっくりそのまま美咲に返すよ。俺はムチャはしてないからね」

『…ほう?屋上から飛び降りたり、腕骨折しながらバイオリン弾いたあげく熱だしながら退院するのはムチャじゃないと?』

美咲の為にしたことだから、それすらも懐かしく良い思い出に感じてくる。
ちょっと痛かったけど…。

「ぴんぴんしてるじゃん、その後の方が問題だったけど」


味はちょっとアレだったけれど、彼女がお見舞いに来てくれた時に一生懸命作ってくれた手料理を食べられたのは、温かった…。

思えば、美咲が付き合う前から教えてくれた事っていっぱいあるんだなと微笑んで、からかうと思った通りの反応がかえってきた。

『やかましい!もう切るぞ!』


「あっストップ」

『何だよ!?』

「明日、一緒に行かない?学校」

『…別に』

「じゃあ迎えに行くよ、何時ごろ家でる?」

『…7時半』

「そっか…長いな…」

『夜がか?』

思わず口に出してしまった言葉…。だが、それをわざわざ彼女に伝えて困らせるつもりはない。

「あっ、うん。秋になると夜が長いからね」

『…そうだな、まぁやりたいことが出来て良いがな』

「そうだね、だからってムチャして遅くまで起きてちゃダメだよ?」

『あぁ。大丈夫だ、お前こそちゃんと夕飯食って風呂入れよ?だいぶ冷えてきたんだから』

「うん、ありがと。美咲もね、おやすみ」

『あぁ、おやすみ』

切れた電話からはツーツーと言う音だけ…。

「俺が長いって言ったのは、美咲に会えない時間なんだけどね」

その点には疎い美咲には伝わらないなと苦笑しながら、満たされた気持ちで食事と風呂を済ませた。

暗がりの部屋でチカチカと携帯がメールの受信を知らせて光っている。
美咲からだと知りつつも内容は予想できなかった。

操作して、メールを開いて驚いた。
「…なんだ、わかってたんだ」


一言返信して綻んだ口元をそのままにソファーに横になって目を閉じた。

どんな顔して送ってくれたのか、そう考えるだけで心が温かくなる。

「おやすみ、鮎沢…」

その一言を口にして碓氷は意識を夢の中に手放した。






おまけ

翌朝、美咲宅前

少し前から着いていた碓氷が入り口の前にもたれていた。
彼が振り返ると同時に彼女が赤らめた顔で家から出てきた。

競歩に近い速度でずかずかと美咲が歩き出したのを碓氷が手を取ってひき止め、ゆっくりと歩き出す。

こそりと碓氷が耳打ちした言葉に美咲はますます頬を染めた。

『明後日、楽しみにしてる…』




そう、昨晩のあのメールは美咲から碓氷にあてた『お誘い』。

美咲が碓氷の言葉の真意を理解しているかは定かではないが…、少なくとも側にいたいと願っていたのは2人とも同じ。
きっとその夜の2人の過ごす時間はいつもよりも早く過ぎる甘く優しい秋の長夜…。


『お誘い』の証人となるのはその夜に昇る高い月と光り輝くたくさんの星だけ…。


そして、大切で不確かだったものは少しずつ2人の中に積もってゆき、やがて決して失われないものへ変わってゆくことでしょう…。



END
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