NOVEL
あなたの望みは何ですか?
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「来たか…」

「うん」

近くの公園のブランコの側。

雅ヶ丘に碓氷が編入したと、わざわざメイドラテに訪れた五十嵐虎から聞いた私は、昨日あいつをぶん殴ろうと会いにいったのだ。

ついでにまだ返していない助けられた時の礼も精算しなくてはならない。
私の目の前から消えるというならそうさせてもらわないと困る。

1日考えさせて欲しいという彼の意見を飲み、こうして今、会っているというわけだ。


「…お前、なんでそんなに辛そうなんだ?」

「そうみえる?」

「あぁ、私の知る限り…」

「ゴメンね?いきなりいなくなって…」

「いや、せいせいする。それにお前の自由だろ。だけど昨日言った通り私はまだお前に用がある」

…嘘だ、本当は側にいて欲しい。でも口に出して告げるのが怖くて、手放すのが辛い。

泣きそうだ…。


「うん、考えてもあんまりまとまらなかったんだけどさ…」

「あぁ…」

「いっこ聞かせて、俺は鮎沢にとって何?」

ここで、答えなければおそらくこれから先告げる機会はない気がした。

だったら…

「…側にいて欲しい男」

「えっ?」

今、この返答をする私に驚いたのか否かはわからない。でも、明らかに驚いていた。

「…私が好きなのはお前だ」

頬が蒸気するのを感じる、でも伝えたい…!

「ははっ…なんで、今なのかな?」

顔を隠すように片方の手を額に当てて下を向いている。

「…?」

「どうして、一番欲しいものが手に入るのに…。手放したくないのに…、誰にも渡したくないのに…!」

悔しそうに顔を歪めて、今にも泣き出しそうだ。

「碓氷?」

声をかけずにはいられなかった…。

「鮎沢…」

「…どうした?」

「俺は鮎沢が好きだよ、でも好きになっちゃいけなかったのかな?」

「…どうしてだ?私は嬉しかったぞ」

「でも、きっとこれから会えないから…」

どういう意味かはわからない、ただ嘘ではないようだ。

「…ずっと?」

「…うん、家につれ戻されるから」


連れ戻される…、それは彼が嫌がっているようにしか聞こえなかった。


「お前はそれを望むのか?」
うつ向いた彼は首を横に振る。

「…あそこには何もないから、俺が与えてもらえたものもない」

「じゃあお前は今何が欲しい?」

「…鮎沢が、欲しい」

「…わかった、欲しいならやる。お前が家に帰りたくないなら家に来い」

一瞬彼の目に悲しみ以外のものがうつった。きっと逃げ出したいのだろう。

「…それはできないよ、迷惑かかるから」


「アホは言ってもバカは言うな。前に言わなかったか?私は碓氷だって助けてみせるって。そんな辛そうな顔してるお前をほっとけるかよ」

そう、ほうっておけるわけない。こんなにも悲しい表情をしているのだから。

「…何されるかわからないよ?どうなるか予想つかないから」

それでも尚、こちらを案じている彼を抱きしめた。

「お前が側にいてくれるなら安いもんだな、その程度のこと。いつも余裕で私の前走ってたお前はどうした、そのまま勝ち逃げなんか許さないぞ?」


「っと、かなわないよ…」
少しだけ震える手が私を包んだ。

「今じゃなくていいから…、少しずつ話してくれよ?そんなに悲しい顔した碓氷見てたくないからな」

「…俺、寂しかったのかな?ずっと1人な気がしたんだ、子供の頃から」

「…今は寂しいと思うか?」

「今は…あったかい」

「そっか、…お前は甘えることしらないで育っちゃったんだな」

「そうかも…、美咲ちゃんとは逆だね?美咲ちゃんは知ってて甘えないんだから」

「私は子供の頃、十分甘えさせてもらったからな。…私で良ければ甘えていいんだぞ?」
彼の顔を自分の肩に埋めた。

「…ゴメン、じゃあ少しだけ」

彼の目から温かい雫がいくつも落ちてゆく。


「…今まで、よく頑張ったな」

微かな嗚咽と共に彼の腕に籠る力が私を閉じ込める。その広い背中に手を回し擦ってやる。



子供の頃に母に甘えることができた私には想像がつかない、彼の味わった孤独。
どこか冷めていて読めない原因はこれだったのだろうか?

…原因はどうであれ、それはとても寂しくて辛いことだ。
だから今、私は精一杯強がってきたであろう彼をたくさん甘えさせてあげたい…。

「…拓海」
静かに泣いていた彼の肩が揺れて、初めてその顔を私の目にさらした。

「っ鮎沢…?」

「お前の名前、呼んでいいか?」

両手で彼の頬を包んで尋ねる。
すると、箍が外れたかのようにポロポロと彼の目から涙が溢れだした。


「…ん、呼んで…たくさん呼んで…!」

「わかった、ありがとな呼ばせてくれて」


「…美咲っ、美咲!」
何度も私の名前を呼んで抱き寄せる彼はずっと孤独から助けて欲しかったのかもしれない。

「もう、1人じゃないからな?」

頭を撫でて彼の痛みを癒そうとする。

「…あり、がと」

「私は、お前が好きだ」

「うん、俺も愛してる…誰にも渡さない、邪魔させない」

「あぁ、私も拓海を誰にも渡したくない」

「…ずっとね、みんな上辺だけだったんだ。美咲、俺をみて好きだって言ってくれてありがと」

首筋に顔を埋めた彼がくぐもった声で私に言う。


「バカだ、お前は。当たり前だろ、好きになるのは相手を知ってからだ」

「…愛されるのってこんなに嬉しいものなんだね」

「それも知らなかったんだな…。」

あんなに告白を受けても付き合わなかった理由はこれだったのだろうか?


「美咲、…キス、させて?」
それは今の彼に可能な最大の甘え方…、ならば受け止めたい。

「いいけど…そんなのいちいち聞くことじゃないぞ?」


一拍おいて触れた唇はとても熱くて溶けてしまいそうだ。
なのに心地よくて今まで感じたことのない感覚に襲われた。

薄く開いた唇から彼の舌が入ってくる。頭の奥の方が痺れ、響く音が意識を遠くする。

…でも逃げたいとか、止めて欲しいとは思わない。

いつの間にか私自身も彼の口内に侵入し、舌を絡めていた。



…気持ちいい。

本能が彼を欲していた。息苦しいのに、やめたくない。
むしろこの苦しささえ嬉しくて…、私から更に激しくしてしまう。

うっすら目を開くと彼の顔がすぐ側にあって、ただでさえ赤い顔が余計に赤くなるのを感じた。


閉ざされた彼の目の端からは先ほどの涙の雫が睫毛にひっかかって揺れていた。

…せめて今だけは拓海が寂しさを忘れられるように力強く抱きしめる。

だが、もう酸素が足りない…。
意識が遠のいてきた。


離れた唇からは溢れた唾液と荒い呼吸…。

さすがに連続しては無理なので涙を少し震えてしまう指で掬いあげる。

「ゴメン、無理させちゃったね」

「大丈夫だ。お前は…?」

「美咲にたくさん甘えさせてもらえたからね。大丈夫な気がする」

小さく笑う彼は知らないのかもしれない…、甘える加減を。

「…あのくらいでたくさんなわけないだろ?」

「結構十分甘えさせてもらったと思うんだけど、もっといいの…?」


「あぁ…、構わない。でも家来てからな?ここじゃ落ち着かないし」

「…ありがと」


穏やかに笑う拓海を見て少し安堵した。私は彼の手を握って家へとゆっくり足を進めた。






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