NOVEL
雪、一片
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さくんさくんといつもと違う足音がする。


「…寒いな」

「そうだね、制服だと余計に」

コートは2人とも着ているもののバイトが終わって辺りはすっかり暗く、気温もかなり低い。
吐息は白く、露出する肌は紅くてその寒さを物語っている。


足元には先ほどまで降っていた雪が積もっている。

「積もらないと思ってたのに、意外とあるね」

「そうだな、まだ誰も歩いてない」

目の前に広がる道はただ白いだけの無垢な世界。

「…なんだか勿体ないな」
美咲が目の前の真っ白な道を見る。

「んー?」

「せっかく完璧なのに、壊さなきゃ進めないだろ?」
寂しそうに後ろを振り返る美咲。
そこには2組の、サイズの違う靴跡が既に完璧な世界壊していた。

「…そうだね」

「壊したくないんだがな…」

「じゃあ、被害を最小限にしてみる?」

「は?…わぁ!!」

急に前にしゃがみこんだ碓氷につまずき、彼の背に倒れ込んだ美咲。
しかし、何事もなく碓氷は彼女をおんぶしながら歩き出した。

「ちょっ…下ろせよ!!重い…!!」

「まぁまぁ、美咲ちゃん軽いからご心配なく。…ほら、普段の美咲ちゃんの視線より高いから、前見てて。」

「は?…あ」

促されるがままに見た世界はまだ完璧な白さを保っていた。

「…綺麗」

「よかったね」

驚きを隠せないと言わんばかりの口調はなんだかいつものしっかり者の彼女とは違ってただ可愛らしいかった。

「…お前、ズルいな」

「なんで?」

「…背が高いから、遠くがよく見える」

「美咲ちゃんも背はたかいでしょ?」

「お前ほど高くはない。こんな綺麗なの長く見れるのはズルい」

「…美咲も十分ズルいことしてるからおあいこだよ」

「私はズルくない…なんかムカつく、もっと見る!」

子供のように碓氷の体をよじ登った美咲はすでにこの真っ白な世界の虜となっていて、羞恥など忘れていた。

「わっ、ちょっと危ないっ」

「うわー、すごいな碓氷の視線より高いと優越感だ!」

「…そういうこと言ってると下ろしちゃうよ?」

「やだ」

さっきと言ってること逆じゃん…と苦笑しながら美咲に問いかける。


「美咲ちゃん、そんなに気に入ったの?」

振り返るようにすると肩の辺りから顔を出して嬉しげに美咲は笑う。

「おう!高いとこはもともと好きだ」

こんな満面の笑みで言われちゃ出来る限り叶えてあげたくなる…。
わずかに朱に染まった碓氷の頬。
それは明らかに寒さのせいではなく美咲のせい。



「…落っこちないようにちゃんと捕まっててよ?」

「わかった!」

素直過ぎる無邪気な美咲の返事は付き合ってから初めて聞くもので碓氷は心底後悔した。

「ホントズルい…なにこの子」

「なんか言ったか?」

「なーんにも」

「変なやつ」

「っていうか暗くて怖くないわけ?遠くにおばけ出ちゃうかもよ」

弱みであるおばけの存在で美咲をちょっとだけいじめてみると予想通りの反応が帰ってきた。


「…!?」

するすると碓氷の頭上ほどから背中に降りて来て肩の辺りにのせた手できゅっと衣服を掴んだ。

「雪で道は一面まっ白だからおばけも喜んで出てきちゃうかも」

「お、ばけなんかいるわけないだろ…ひゃあッ」

「な、何!?」

美咲の突然の悲鳴に驚いた碓氷は縮こまったその姿を見上げる。

「首っ、首になんか冷たいのがついた!!」

おばけに怯えた美咲はぎゅっと目を閉じ、背中にしがみつくようにして身を固めている。

「んー?…あぁ、美咲ちゃん上見てごらん」

「え…わぁ」

「おばけの正体」

はらはらと舞い落ちてきたのは冷たいのに優しく見える雪たち。

「びっ、くりした…」

へなっと体から力が抜けたように碓氷の肩に顔を埋めてため息を吐いた。


「いなかったね、おばけ」

「お、おう…あ」

「なーに?」

「お前、首回り寒くないのか?」

「ちょっとね。背中に美咲いるから温かいし、平気だよ」

「…んじゃ、これはどうだ?」

美咲がそう言って肩にのせていた手を苦しくない程度に碓氷の首回りに巻き付けた。

「…美咲?」

「ちょっとは温かいだろ。お前、マフラーくらいしろよ?」

頭上での声が突如耳元でして、ゾクッと体を電気が駆け巡るのを感じた。

「…そうだね、考えとくよ」

首に巻きついた彼女の温度が心地よく冷えた首をやさしく温めていた。

「美咲ちゃんさー」

「なんだ?」

「…やっぱりズルい」

「だから何がだ!!」

「そういう本気で気づいてないとこ」

「何をだよ!?」


彼女にその可愛いズルさを伝えても理解してくれない。
でも、彼女がそれを理解してなくても碓氷は構わなかった。

美咲が時折浮かべる満面の笑みを側で、ひとつでも多く独占できることが何よりも嬉しかったから…。




―でも、あんまり不意討ちばっかりすると仕返ししちゃうからね!!


心の中で密かに美咲に告げて、碓氷はさくんさくんと雪の上を歩く。
首回りにはしんしんと降り続く雪の冷たい温度とは違って温かい。

歩いてきた道にくっきりと残った足跡。
それは壊してしまったというよりも、まっ白な雪に2人の時間をしっかりと刻んだかのようだった。

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