FUTURE
ちょっとしたご褒美
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今は11時を回ったところ…。

会社の付き合いで(仕方なく)飲んで帰ると言う旦那をリビングで待っていた美咲。
テレビを見ながらぼぅっとしてかれこれ2時間ほど経つ。

テレビから流れてくる談笑と時計が鳴らす無機質な針の音。それらが1人きりの部屋に大きく響く。



リビングの扉が開き、待ち人が現れた。美咲を見たとたんに子供のようなふわっとした笑顔を浮かべて…。

「美咲ちゃん、ただいま」

「おかえり拓海…!?って酔っぱらってんのか!?」

珍しくやや酔った彼がソファーの隣に腰かける。

「ん〜、そんなに酔ってないよ?」

一応普通に答える彼をよく見ればほんの少し頬も赤く染まっていた。


「…今水持ってくるから」
そういって立ち上がろうとした美咲を盛大に抱きしめた。


「拓海っ!?こらっ!!」
驚いて声をあげた美咲を更に腕の中に閉じ込めてぎゅうっと抱きしめる。
まるで何かを確かめるかように…。

「美咲ちゃん?」
ふと呼ばれた自分の名前に些かぶすくれつつも美咲が反応する。

「側にいてくれてありがとね」
いやに真面目な声色で囁かれたので美咲は瞠目した。

「なっ、なんだよ、急に」
彼の腕に閉じ込められつつもどうにか彼の顔を見上げる。

「言いたくなっただけ」

えへへ、とあまりに嬉しそうに笑う拓海を見て少しつられてしまった。
こいつ…こんな顔も出来たんだな〜、などと思うほどに珍しい表情だ。
いつもはちょっと冷めていて、何を考えているかわからないところがある旦那、それなのに今日は妙に子供っぽい…。

「完全に酔ってるな」

「だから、そこまで酔ってないよ?言いたいこと素直に言っただけ〜」

「そうかいそうかい、風呂はどうする?もう寝るか?」
自分よりもすでに少し温かい体をしている彼は眠気で目がトロンとしている。

「ん…。ねぇ、膝枕して?」

「はぁ?寝るならベッドで寝ろよ、疲れとれないぞ」

「膝枕がいい…、そしたらお風呂入る」

「…お前、ガキか?」

「してくれるならガキでもいいよ」

「言っても聞く気ないだろ?その代わり途中でちゃんと風呂入れよ?」

「うん」

よいしょと彼女の膝に頭を乗せて彼は眠たげな目を閉じる。

「…美咲、大好き」
お礼なのか告白なのか、はたまたおやすみの挨拶なのか…。
自然過ぎてその真意はさだかではない。
そして一拍遅れて美咲は彼の言葉が飲み込めたらしい…。

「っ!?…寝てやがる」
びっくりして彼の顔を見ると、すでに眠りの中…。
全くとんでもないセリフを言う奴だ、とひとつ文句を言ってぺちんっと彼の額を軽く叩いた。


そして、明日は休みだし、一週間頑張ったご褒美だと美咲は自分を半ば強引に納得させ、膝の上の彼に手近なブランケットを掛けて、先ほど叩いた額と髪をゆっくりと撫でてやるのだった。


**********
「?」

あれから約1時間後に目を覚ましたのは旦那の拓海の方。
少々状況の理解に遅れてはいるがそれは酔いではなく、ただ単に低血圧だからなのだろう。


「あのまま寝ちゃったんだ…。」
見ると自分はブランケットにくるまれており、肩の辺りには彼女の手がおかれている。

拓海はくすりと嬉しそうに笑いながら、美咲の膝から起き上がり、ソファーの背もたれに頭を預けて眠る妻を抱いて、ベッドにそっと運んでいった。

「ありがと、美咲」
その額にやさしくくちづけて、掛布を掛け、約束通り風呂場に向かう。



「んっ?」
美咲が目を覚ますと眠っていたはずのソファーではなく、寝室のベッドの上だった。

いつも彼女の体を覆っている温かいものがない…だが、合点がいった。
時計を見ると、さほど時間は過ぎていない…。
約束通り風呂に入ったのだろうと回らぬ頭でぼんやりと考えていたら、風呂からあがった旦那が例の如く半裸で姿を現した。
その瞬間に美咲が覚醒したのは言うまでもない…。

「あっ、美咲ちゃん起きたの?」

「…いい加減服を着るくせつけろ!この変態っ!!」
真っ赤になりつつ彼を怒鳴りつける。

「だって暑い…」

「だったら水飲め!」
拓海がその手にぶら下げているペットボトルの水を指さしながら怒る。

「いいじゃん、ちょっとだけ…ん?」

「なんだよ、変な声出して」

「いや、何でもないよ」

怪訝に思った美咲が食い下がると、観念したのか拓海は少し背中が凝ったみたいだと白状した。

「肩ならわかるが、何で背中?」

「わかんない…何でだろうね?」

「やっぱ疲れてるんだろうな…、あぁっそうだ、これ。さくらにもらったんだけど、使うか?」

そういって彼女が引き出しから出してきた何かが入った小瓶。

「オイルだってさ、マッサージの時に使うやつ」

「いいの?俺が使っちゃって…」

「使わないで悪くなってももったいないだろ?お前珍しく頑張ってたみたいだし、マッサージくらいしてやろうと思ったんだが…」

「ホント?」

「うまくできる自信はないが…」

そういって始めたマッサージは彼女がしてくれているからなのか、とても心地よくてすぐに拓海を眠りの中に誘っていった。
ある程度ほぐれたところで美咲は彼に掛布をかけて、自らも彼のあとを追った。




そして翌朝、美咲が顔を洗いに行こうとベッドから起き上がった時、拓海も目を覚ました。

「ん?」

「あ、起きたのか」

「美咲ちゃん…?」
低血圧特有の反応で美咲の名を呼ぶ。
どうやら昨夜のことがよくわかってないらしい…。
だが、次の瞬間ガバッと勢いよく飛び起きた。

「俺、寝ちゃった!?」

「お、おう、ぐっすりな」
些か思考停止してガクッと頭を下げた。
何事だと美咲が思っているうちに拓海が口を開く。

「うわぁ…、何かもったいないことしたなぁ」

「何がだ?」

「だって、せっかく美咲ちゃんがマッサージしてくれてたのに」

妙なところで落ち込む拓海の姿を見て、思わず美咲が笑い出す。

「ふっ、そんな落ち込むことじゃないだろ?」

「いや、落ち込む…」

「またそのうちやってやるよ」

わしゃわしゃと拓海の髪を慰めるように撫でて約束する。

「…そのうちっていつ?」
美咲の顔を見ながら次の機会を尋ねてくる。
その表情があまりに珍しかったので美咲はまた少し笑って答える。

「さぁな?」

「…ごめんね」

「お前は気にしどころがおかしいだろ。疲れとれたならいいんだが、どうなんだ?」
問題はそっちだと背中をポンポンと軽く叩いて尋ねる。

「あぁ、それはバッチリ」
少し元気そうに動いてにっこりと笑う拓海。
それを見て満足そうに微笑む美咲、そして彼女はベッドから立ち上がる。


「なら気にすることないだろ、疲れてるなら寝るもんだ」

「ありがと、美咲」
そういって彼女の袖を引っ張り、再び隣に座らせて頬にくちづける。
一気に赤くなる彼女が堪らなく可愛いくて拓海は一度ぎゅっと抱きしめた。

「おう、って何してんだよ」
美咲の体をずるずると取り込むように包んで押し倒す。

「もう一眠りさせて」
半ば強制的に布団の中に連れ込んで、逃がさないようにする。
こうなったらもう逃げることなど出来ないと美咲はすでに知っていた…。

「ダメっていってもやるんだろ?…いいよ、だけど少しだけな」

「うん…」

微睡み始めた彼をそっと撫でてひとつ微笑む美咲。そして彼の腕の中に自らそっと入り込む。

「…お疲れ」


その言葉を聞いたところで拓海の意識は緩やかに夢の中へと手放された。
その腕に愛しい妻を包んで引き寄せたまま…。

次に目を覚ます時、一番に目に入るのは最愛の彼女の安らかな寝顔であるよう願って…。

END
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