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最後の願い
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嗚呼、血腥い。
噎せ返るそれは、嗚咽を手伝う。
喉はひきつり、胃を痛めた。

嗚呼、煙たい。
砂埃は風に乗り、宙で踊る。睫毛の隙間から入り込んだ粒は、目を痛めた。堪らなく擦ってみたが、何度しても、未だ見える左の景色は何一つ変わらない。
変わってはくれない。

…仕方がない、自業自得なんだから。馬鹿な自分に冷たく嗤う。


「っぐ…はっ…」

「…」
足元に横たわる男。
唯一無二の好敵手と呼んだ人間。いや、今から"だった"に変わるのか…


「…真田幸村。アンタの首は貰ってくぜ」
嗚呼、腕が重い。
筋力は思考に追いつけず、だらりとぶら下がったまま。ただの肉と骨の棒を、やっとの思いで持ち上げる。


「きっ貴殿に、…貰っていただくば、っ誇り、になり…まする…」

「…そうか」

「…えぇ…」
今は傷だらけ、泥だらけのその汚れた顔は、嫌いじゃなかった。
眉間に寄る皺は、年齢に相応しくはなかったが、時たま変わる表情は見ていて飽きなかった。面食らった時、何かを愛でる時、旨いものを食う時。自分には無いものを持った綺麗で無垢な真田を、好敵手という名じゃ収まらない、特別な思い入れをしていた。

それなのに…




手を見てみろ。
真っ赤に濡れた両の手に、目が眩みそうだ。
さぁ、この赤は誰のだった?この色は誰のものだった?

視線を足元に戻す。
時期にやめてしまうだろう呼吸。時期に止まってしまうだろう瞬き。時期に動かなくなるだろう、その、心臓。


「…さよ、なら…にござるっ政宗、殿…」

「そうだな」
哀しい、なんて言葉は使っちゃいけないと思った。自分がした結果だ。何、悔いることはないじゃないか。仕方の無かったことだ。俺は国の主だ。自国を守るために何かを犠牲にしたまでだ。それがただ真田幸村だっただけ。好敵手だっただけ。


「…政、宗殿…」

「何だ」

「あ…つかましぃ…やもっしれませぬ、が…」

「あぁ」

「…お願いが、ござぃま…す…」
ゆっくり、ゆっくりと。一生懸命に舌に乗せられた言葉。それに流れる、搾り取ったような声は、いつもとは程遠いまでに小さい。煩く思いながらも嫌いじゃなかった。


「あぁ」

「…どう、か…」

「…うん」

「どう、か…殺さない、でく…だされっ…」

「…」

「…あっあやつを……さ、すけを…」
掠れた声は、静かな今によく響く。


「殺さないで…」
大切な彼からの最初で最後の願いは、大嫌いなあいつを守るためのものだった。

いつもいつも隣にいて、いつもいつも邪魔をする、緑の道具。
なのに、何だ?
肝心な時には居やしない。隣にいるべきは今じゃないのか?
守るんじゃなかったのかよ!



…なんて、


「俺が言えた義理じゃないか」

「…え?」

「いや…分かった。約束しよう」

「…あり、がとう…」
嗚呼、今さら気づくなんて…



その笑顔が好きだった。
その声が好きだった。
その心が大好きだった。


俺は真田幸村のことが好きだった。



「あっちでも達者にな…」
嗚呼、心が乾いて仕様がない。
一体これから何で潤そうか。
きっと、頬に流れるこれでは足りやしない。


「Good-by…my rival」


さようなら友よ。
さようなら遅すぎた恋心。


叶わないと分かっていても、願いをきいて欲しかったのは、自分勝手な俺の方だった。


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